海外暮らし

ボスニア人と国際結婚してオーストラリアに住むって?

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True North Life Coaching代表、Noriです。

ここでよく出てくる、わがボスニア人旦那。読者のみなさんも、

 

ボスニアってどこやねん!

 

と思ってらっしゃる方もいるであろう。

 

実は私自身も彼と初めて出会ったときは三回も聞き直してしまったくらい、ボスニアとはあまり知られていない国かもしれない。

よくあるのが、

A さん
ボスニアって、アフリカの国ですよね?

 

 

 

惜しい!

 

それは、たぶんボツワナだと思われる。残念ながらボツワナとボスニアは全く違うものである。

 

さて今日はそんな不思議な国、ボスニア出身の男性とオーストラリアで暮らす、その実態をお話していきたいと思う。

 

ボスニアとは

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ボスニアとは、正式にボスニア・ヘルツェゴビナという。ボスニア、とヘルツェゴビナという地域からなっている。

本来ボスニア語ではボスナと呼ばれているのに、なぜほかの言語ではボスニアと呼ばれるようになったのかはWho Knows…

1945年からユーゴスラビア連邦としてスタートしたが、その後戦争があって、現在は7つの国に分かれてしまったのである。そういう歴史もあって旧ユーゴスラビア人、とよく呼ばれるのである。

首都はサラエボ、人口はおよそ400万人くらいの小さな国である。宗教はイスラム教とセルビア正教、カトリックからなる。

言語はボスニア語、だが、もともとユーゴスラビア連邦だったため、セルビア語、クロアチア語とほとんど変わらない(方言みたいなもんだと思ってほしい)

うちの旦那と初めて出会ったときに

 

旦那
俺、4か国語話せるんだ。英語、ボスニア語、クロアチア語、セルビア語だよ。

 

と言っていた。最初はこれを聞いて

Nori
すごーーーーい

と思ってたのだが、よう考えたら

私、英語と大阪弁と東京弁、ちょっと岡山弁も話せます。

 

と言ってるようなもんなのだ。

 

ちなみに彼の弟(18歳)もこのセリフを使ってるらしい。

 

とはいえ、各言語で少しだけ言い回しが違うそうだ。マケドニア語も少し似ているので話せないが理解は多少できるそうだ。

しかもオーストリアにも移民している方が多いため、英語よりもボスニア語のほうが通じたりする時もあるそうな(Nori調べ)

 

ボスニア戦争

 

1991から1995まで続いたボスニア戦争を覚えている人も多いのではないか。

そう、私の旦那はボスニア戦争避難民である。

小さいころは各国を転々と逃げ回った、と彼のおばあちゃんが話してくれた。

そして旧ユーゴスラビアのお友達と集まると

 

旦那
あぁ、最近の子供はプレイステーションやIpadがあるからねぇ。俺がボスニアにいた時はグルネイド(爆弾)を作って遊んだよ。
どうやって爆弾粉手に入れたん?
友達A
なんか知らんけどそういうもんはすぐ手に入るねん、戦場って

 

なんか知らんけど手に入るって???

友達B
私が小さい頃はUNが作ってくれた広場で遊んでたわ。後から分かったことやけど、フェンスから30CMのところにいっぱい地雷が埋まってたらしい。まぁ誰もその時は死なんかったけど

地雷?

友達A
俺の小さい時はよく、兵隊さんが置いていった武器で遊んでたよ。例えばロケット砲とかさぁ。

と今では絶対考えられないような話が進められていた。彼らが戦争を経験したのは幼稚園~小学校のとき。

 

爆弾で死にかけた経験もあるそうだ。実際、ボスニアに遊びに行ったときに彼の住んでいたアパートには爆弾の跡がくっきり残っていた。

本当に戦争はあかん。そう思わずにはいられない。

 

オーストラリアでは旧ユーゴスラビア人=彼らの家族

旧ユーゴスラビア人はもともと家族の絆がめちゃめちゃ固い民族である。

従妹の従妹くらいまで家族とみなされ、結婚式は300~500人くらいのお客様が呼ばれるらしい。そんなに呼びたくない、という人は極端に小さい結婚式を挙げることもあるそうな。

だが、彼らは戦争避難民である。ここオーストラリアにはそんなに家族もいない。

というわけで、ここオーストラリアでは(一部を除いて)旧ユーゴスラビア人=彼らの家族という風潮があるようである。

ここでも結婚式は結構盛大である。(私たちは極端に小さい結婚式を行ったのだが)

そしてフォークダンスは欠かせない。みんな輪になってくるくる回って踊るのである。これだけは私にはまだできないなぁと思っているのだが。。。
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また、

ボスニアの家族の絆はとても固い。。。というわけで

家族間にはプライバシーというものが存在しない。。

うちの義母、私の母に「旦那さんと夜の営みはどうなの?」など日本ではありえなさすぎる事を聞き出した。

母、鳩が豆鉄砲をくらったような顔である。

そして銀行のローン、給料までも友達同士で知りたいわけで、

私たちの話はもちろん明日のゴシップのネタになってしまう。

逆に言えば、他の人も同じで年収から子供のボーイフレンドのこと、スピード違反から不倫の話まで筒抜けなわけである。。

そして彼らは昔から友情を大切にする習慣があり、ほとんど毎週のように、ひどいときは週に3回程度友達宅にお茶しに行ったり、夕飯に行ったりする。

 

これはとてもいい文化だなぁと思う。時にはユーゴスラビアン卓球トーナメントを行い、25人くらいの男性が参加する。お祭り騒ぎでとても楽しいイベントである。

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意外と思われるかもしれないが、今までボスニア人で卓球できない人を見たことがない。卓球は結構盛んなスポーツなようである。

(ちなみに我が家にもちゃんと卓球台があるのである)

ボスニアの宗教

うちの義父はオーソドックス(キリスト教の一派)だが、義母はイスラム教徒。

そんな二人が結婚しちゃったもんだから、二人とも宗教から外れてしまったわけで、うちの家では宗教というものはない。
なのでクリスマスも普通にパーティするだけだし、ラマダン(イスラム教の断食)もしないが、断食明けのパーティに呼ばれたら行く程度。豚も食べるし日曜日も教会には行かない。

え、違う宗教同士、結婚できるの?

 

多少の反対はあったようであるが、ボスニアではそんなに珍しいことでもないらしい。

ボスニアっていう国はオーソドックスとセルビア正教、イスラム教が混ざり合った変わった国なので友達には両方の宗教の人たちがいるのでどちらの宗教のお祝いにも友達に呼ばれればいく。

 

ちなみにセルビア正教では二大イベントがあり、それは

Easterとスラバである。

 

Easterとは十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念・記憶する、キリスト教において最も重要な祭だそうだ。

Easterの食事に誘われたら、名誉だと思って喜んで参加していただきたいものである。
ちなみにこれはクリスマスよりも大きいイベントなので出来るのならプレゼントなんか持っていくとよいと思われる。

Easter Dinnerはかなりすごい。

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スラバ

次に大切なセルビア正教のお祭りはスラバである。

 

これはイースターよりも招待する人数が多いため、呼ばれるチャンスがあるが、誘われるということはものすごく名誉なことなので誘われたら絶対参加するようにしよう。

セルビア正教徒の家庭には、それぞれ守護聖人がいて、その聖人のことをスラバという。この守護霊の日は各家庭の日によって違うので、時には一週間、または1日に二件呼ばれたりすることも。。。

まず大体はスープから始まる。

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家庭によっては肉を一切出さず、すべて野菜とシーフードの場合もある。これもまた美味。

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写真でお分かりいただけるかわからないが、ユーゴスラビアのサラダはロシアンサラダ(ポテトサラダ)とキャベツの千切りである。とくに、彼らのキャベツにかける情熱はすごいと思う。キャベツ料理が続く日もあるくらいだから。。。

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決まってデザートが出る。これはすべて手作りである。三日ほど徹夜で作られるこのケーキ。大体7-10種類くらい出てくる。o0480036013104689120

 

もしかしてもうお気づきの人もいるかもしれないが、

ユーゴスラビア女性は料理が上手い。
今まで料理が出来ないユーゴスラビアの奥様を見たことがない。
そう、もしユーゴスラビア男性と結婚したければ料理が出来なくてはいけない。

ちなみにただ料理が出来るだけではダメなのである。お客さんの数x3人分作らないといけないわけだ。もし5人来たら 5x3=15人前は最低でも用意しなければいけない。
私はこれがいまだにできずに苦労しているが。。。。

ユーゴスラビア人と結婚したい人へ。是非料理の勉強から始めよう。

 

ボスニア語って?

ボスニア語は基本的にはアルファベットのような文字を使う。

発音は日本人にはとても難しい。数字はロシア語とほぼ同じだと思う。

文法がかなり難しく、例えば単数と複数で言い方が変わったり、

しかも「男用」「女用」の言い方があったりする。

トイレちゃうねんから。。。

と真剣に思うこの頃。

 

母が主に私の先生としてボスニア語を教えてくれているのだが

彼女が一番初めに教えてくれたのは

「キャベツ大好き」

ヤ ヴォリム クプス

 

ほんまになんでやねん!

 

 

義理の弟が初めて教えてくれた言葉とは、

「うんこした」

オナ カーキラ(女性)

オン カーキオ(男性)

というわけで「カキを食べたら便通がよくなる」と覚えることにした。

 

 

 

そして。。。。。

お客さんが来た時に義母は喜んで

義母
Noriはね、「うんこした」ってボスニア語で言えるのよ!

と自慢している。

 

これからはもうちょっとまともな事を教えてもらおうと思う。

 

ちなみにちょっとおかしなボスニア語をここでは紹介しておこう。

ドジ 

これは 「こっちへおいで」という意味であり、日本語のドジという意味ではない。

 

バーカ

これは「おばあちゃん」という意味であり、日本語のバカではない。

 

グズ

これは「お尻」という意味であり、日本語の愚図という意味ではない。

 

ちなみにボスニアでもハローは通じるので是非ボスニア人に出会ったらハローと言ってみよう。

 

まとめ

 

ボスニア人と結婚している人は確かに私以外にもたくさんいると思うが、ボスニア人と結婚してオーストラリアで住むというのは、まぁそんなに多くはないだろう。

また日本にいる限りボスニア人に限らずユーゴスラビア人と触れ合う機会もあまりないかもしれない。

この記事を通して、ユーゴスラビアの文化や宗教を少し垣間見ていただけたらなと思う。

 

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大阪出身、オーストラリア在住、オーストラリア国籍を持つ。

True North Life Coaching代表。

19歳でいきなり思い立ったオーストラリア短期留学のはずがそのまま永住。

英語力ゼロ、貯金ゼロ、友達ゼロ、住むところゼロからスタートしたオーストラリア生活だが、学費のためになんとかフルライムで働きながら大学に通い、国際政治学を専攻、3年制大学を2年で卒業。

公務員、ビジネスコンサルタントを経て、出産を機にコーチングに転機。

自分の経験と、あの世界トップのコーチ、トニーロビンズの弟子から習ったライフコーチングメソッドを活かし、True North Life Coachingを設立。

コーチングを通じて多くの人に自分の肌で夢をかなえる楽しさを実感してもらいたい、最高の自分を更新し続けてもらいたい、というコンセプトでTrue North Life Coachingを設立。

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